今月・五月一日は南条時光殿の祥月命日忌に当たります。
南条時光殿は、駿河国富士郡上野郷の地頭職で、幼少の頃より大聖人様に帰依し、その生涯を正法外護に尽くされました。
時光殿は十六歳の時に御歳三十歳の日興上人様と出会い、のちの約六十年にわたる師弟関係が始まります。
これは、正法広布・令法久住の礎を確立する上で大変重要な意義を持っております。
すなわち、大聖人様に信伏随従し、いよいよ信心を強固に磨き上げた時光殿は、日興上人様の折伏弘通にしたがって多くの人々を正法に導きました。
彼の有名な熱原法難では、熱原の御信徒を激励し、団結させ、あるいは匿(かくま)うなど、護法に徹した不惜身命を貫かれ、大聖人様より「上野賢人」との尊称を賜りました。
また、大聖人様御入滅の後、謗法の巣窟と成り果てた身延山を離山あそばされた日興上人様を自邸の下屋敷(現在の下之坊)へお迎えし、本門戒壇の大御本尊様と唯授一人の血脈を紹継された日興上人様をお護り申し上げました。
そして、広宣流布の根本道場として「大石ヶ原」の広大な土地を御供養申し上げました。
まさに、御開山日興上人様と上野賢人・時光殿の深く尊い因縁が結実したことで、一切衆生の懺悔滅罪を期す戒壇建立の基盤が定まり、今日の総本山大石寺が存するのであります。
今を生きる私たちは、大聖人様・日興上人様に師弟相対の信心をもってお仕いされた時光殿の信心を亀鏡として、今月もいよいよ信心を深め、精進してまいりましょう。

